国民投票法の改正案  (第210回)

与党・内閣がこの有様では、野党もさぞかし忙しかろう。それでも、もっと頑張っていただきたい課題がある。掲題の国民投票法の改正案についてです。今国会(本年12月9日までの臨時国会)で可決・成立するか否かの瀬戸際にある。所要日数があとわずかなのだ。

このブログは、一生に一度くらいは、憲法改正の議論に参加したいという単純な願いから、まずは憲法の勉強のために始めました。ですから今なお、第九条も含め、憲法改正絶対反対というわけではありません。


しかし、この内閣・国会で、憲法をいじくらないでもらいたい。なぜか政府の不正疑惑や不祥事について、なかなか報道されない時代になったが、それでも政治に関心の薄い私の耳にも届くほどに酷い。目先の問題として、今の国家権力に、好きにさせてはならない。

国民投票の仕組みについては、重大な問題点がある。詳しい方には馬の耳に念仏だが、憲法改正に必要な最低投票率を設定するかどうかという議論です。つまり選挙に行かない民主主義国家である現代日本において、最低投票率の制度がないと、通常の国政選挙同様、わずかな投票者の意向で多数決になる。


これはそう容易な議題ではないらしく、例えばこの参議院のサイトにある論文も、そもそも導入すべきかの是非、導入する場合の比率の設定(何%にするか)等々、私たちは前例のない悩みを抱えなくてはならない。抱えなくても死なないが、それで良いか。

https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2011pdf/20111108098.pdf


まず、若い世代に問いたい。第一に、長生きするのだから、ひどい憲法や法律が出来上がった場合、その被害を受ける度合いは若い人ほど長く蓄積していく。第二に、当面の問題として、高齢者のほうが投票率が高く、世代別人口も大きいのだから、彼らに有利なほうに(かなりの高い確率で、若者に不利なように)改正が進んでいく。

人口構成と投票率については政府統計がある。いずれも総務省によるもので、人口構成は国勢調査の結果を基礎データにしている。当分、三十代以下は世代のサイズで、マイノリティだ。
https://www.stat.go.jp/data/jinsui/2018np/index.html



さらに、惨状というべきは投票率です。私も正直言って、若いころは余り投票に行きませんでした。仕事と遊びに忙しく、自分一人、投票しようとしまいと人生は変わらず、目先の仕事で精いっぱい。今もそういう人はきっと多い。でも時代が違う。私の人生で今が一番、政治経済ともに無残。

次のデータは直近の衆議院選挙における世代別(十歳ごとの区切り)の現状および経緯。こちらも三十代以下が低いのが歴然としている。
http://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/sonota/nendaibetu/


どの党の誰に投票しようと個人の自由だが、投票所にいかないのなら、自分の生活苦が政治のせいだとか、ジジババのせいだとかの世迷いは通用しない。願わくば、友人恋人や兄弟姉妹と語り合い誘い合って、自分たちの社会を投票によってつくり上げてほしい。わずか一人一票だが、何より確実な影響力がある。

最後に弁護士さんの記事がネットにあるのでご参考まで。過去の例では、無造作な国民投票が悲劇を招いたのはナチス時代のドイツ、そして同記事にもあるように、EU脱退が決まってしまった現代イギリスの大混乱。
https://ironna.jp/article/3767?p=1


もうすぐ六十になる私の前後の世代は、戦中戦後に祖父母や両親が辛酸を嘗めて生き延びた話を、山ほど聞かされて育ちました。それと比べれば驚くほどの恵まれ方です。生まれて半世紀余の間に経済成長があり、生活水準がずいぶん上がり、特に若いころまでは元気な日本社会でもありました。そしてこれは単なる僥倖です。それでさえ、私は貧乏経験と持病だけで済んでいるが、つらい思いをしてきた人も周囲におおぜい居る。

でも正直なところ、自分さえ良ければ良かった。このため、政治経済社会国際に無知、無関心、無定見、あるいは極端に偏っても平気。この私の前後の年代がいま、政治家や高級官僚や大企業経営者になっていることを、くれぐれもお忘れなく。実は若い人が投票に行かなければ、私はたぶん今のまま程度で安定する。


(おわり)



本物にようこそ































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