言い間違え  (第106回)

 第三章が終わって一休みしている間に、わが国会は、いつになく活況を呈している。先日、奈良に仕事仲間と打合せに行った際、春日大社にお参りしたところ、寄附金のお札に金壱阡万円というのが何枚もあって、たまげた。あるところには、あるものである。

 少し寂しく、それより一ケタ、小さい金額の寄付があったか否かについて、ただいま永田町では小学校の設立がらみで、どっちもどっちの激論が交わされている。あんなところに寄付するくらいなら、私の事業で歓迎のうえ有効活用しますのに。


 その「国会」が、憲法第四章の題名になっている。先日、ネットの記事で、憲法統治機構だけ定めればよいという粗放な意見を述べている言論人がいたが、アメリカでさえ修正条項で、わざわざ権利章典を後から加えたのに、その逆を渡ろうとは大した度量だ。おたがい口先だけで気が合いそうでございますね。

 第4章から第6章までが、その統治機構における三権分立の三本柱。冒頭の第41条は、改正草案も、いまの憲法の条文と変わりがない。
第四十一条 国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。


 ついでに、英語版も挙げておこう。統治機構なんて偉そうだが、さすがGHQだけあって、ちゃんと「国家権力」という意味の言葉遣いだ。
Article 41. The Diet shall be the highest organ of state power, and shall be the sole law-making organ of the State.

 ダイエットとは、私が英単語を覚えたころは、まだ議会という意味しか教わらなくて、医療機関における適切な食事制限・栄養管理の意味などは知らなかった。今や、この日本では「やせ衰えること」または「無駄な抵抗」のような意味で使われている。


 さて、目を引くのは「最高機関」と「唯一の」という力強い宣言である。三権は同じ地位ではなく、国会が頭一つ抜けているらしい。理由は明確で、メンバーが選挙で選ばれるからだ。司法試験も公務員試験も、その後の出世競争も、スーパー・エリートの養成講座なのだが、選挙には敵わない。

 前文のしょっぱなに、こうある。「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し(後略)」。私たちは、国政選挙により代表者を選ぶ権利があるだけではなく、ちゃんと代表らしく働いているかどうかを監視するという、実に重い義務がある。その履行は困難を極める。


 唯一の立法機関とあるから、同じ選挙経由の代表者であっても、地方自治体の議会では条例をつくれるけれども、法律はつくれない。もちろん、行政府も司法府も、厳禁です。しかし最近、この辺が混乱している人が出た。行政府の長が、自ら繰り返し、自分は立法府の長だと主張したのは記憶に新しい。

 私が知る限り、直近の実例は「平成28年5月16日 衆議院予算委員会」におけるもの。ところが、後日の「平成28年05月23日 参議院決算委員会」において、耳を疑った野党議員に質され、「もしかしたら言い間違えたかもしれません」と、これも少し寂しい訂正の仕方で折れた。


 時差と文脈の妙があった。すぐに、その場で訂正しなかった。このため、「平成28年5月16日 衆議院予算委員会」の会議録は、あとで「行政府」に書き換えられているのだが、「平成28年05月23日 参議院決算委員会」は、直しようがなくて、そのまま「もしかしたら言い間違えたかもしれません」が載った。

 これはもう印刷されて国立国会図書館にあるし、やや面倒だが現時点でも探せばネットにある。さらに、2007年にも「立法府の長」を明言しており、この記録ももちろん残っている。こう繰り返すようでは、単純な言い間違いではあるまい。


 ここからは私の邪推に過ぎないが、無意識のなせる業だろう。そういう意味では、言い間違いというのも間違いではない。現職に限らず、日本の議員内閣制では戦後長らく、原則として衆議院の最大与党の党首が、内閣総理大臣になってきた。そういう法律はない。過去に社会党の例外もある。

 ご参考まで。城山三郎「男子の本懐」には、こう書かれている。政友会内閣が倒れたときのこと。「もちろん、憲政の常道からすれば、たとえ数に於いて劣勢とはいえ、野党第一党民政党へ政権が移るべきであった」。じっさい民政党の党首、浜口雄幸が次の首相になる。命がけになった。

 だが、常道はただいま通行止めである上に、ほとんどの場合、自民党が与党のときに使う「総理総裁」が、政府の長にもなったつもりになる。国会で立法府の長だと、つい言ってしまうのは一因として、この慣習があるからだと思う。だが、これのみでは彼だけが、よく言い間違うことの説明にならない。


 もう一つの誘因は、たぶん何十回かあとに、ここで論ずることになる改正草案の「緊急事態条項」が頭にあるからだろう。
第九十九条 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができる(後略)

 この改正草案が仮にも成立したら、そのこと自体が国家の緊急事態だから、即座に「緊急事態の宣言」がなされ、閣僚を罷免する権限を持つ内閣総理大臣が仕切る内閣が、実質的に立法府になる。

 この件については、ただいまアメリカにおいて、大統領令を連発する大統領が、類似の手法で立憲主義の法治に挑戦中だが、幸い司法府も、オバマ・ケアについては立法府の所属政党も、「あかん」と言っている。


 ともあれ、先日はちょうど内勤中だったため、国会中継をつけっぱなしにして時々ながめとった。おもろい証人で、冷静な時は標準語(例えば「先生」は、せんせい)であるが、感情的になると関西弁(発音が「せんせ」、頭にアクセント)になる。

 冒頭、「いつになく活況を呈している」と感想を述べたのは、本来、この件は国有地問題が先決で、まずは会計検査だと私は思うのだが、われらの代表者たちは法案の審議より、こういうのが好きなので盛会だ。何が「最高」であるべき機関なのか、言葉を足した方がいいかもしれない。





(おわり)





春日大社の梅 (2017年3月25日撮影)



















































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